離れの横を流れる川の両岸に咲く花たち。 シモツケソウや紫陽花、ギボウシや羊歯の葉。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7月2日、駒ヶ根総合文化センター開館20周年記念イベント。 記念公演は花柳太昌・花柳太昌一門、駒ヶ根太鼓保存会、駒ヶ根豊年踊保存会、 松島さおり(ピアノ)、混声合唱団明日歌、駒ヶ根市民吹奏楽団でした。 わたし達は、郷土芸能祭に引き続き、再び早太郎神楽を演奏しました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「緑の画家・宮原淳一水彩画展」は5日間で1668名が鑑賞されました。 長野県伊那文化会館では、個人展としては過去に無い記録的な数字だったということです。 絵の精密さに驚嘆、高校教員退職後の画業にびっくり、 たくさんの鑑賞者にたくさんの様々な感動を与えたのでした。 事務局として協力させて頂いた私としても、たいへん嬉しく思いました。 関連記事:長野日報社、伊那毎日新聞社その1、伊那毎日新聞社その2。 今年の梅雨は長い。 とはいえ、長雨というわけではない。 降ったり止んだり、日が射したり曇ったり。 九州地方では大雨が降っているが、ここは幸いにして大雨はない。 最近は異常気象のためか、集中豪雨的な降りかたが多いようだ。 7月7日、七夕の日は岐阜に出張した。暑かった。 9日午後は地区の河川清掃、その後、恒例の光前寺耕地の開山様のお祭。 光前寺は西暦860年に開かれた。今年は早太郎伝説700周年の記念行事が行われている。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 日本時間10日未明に行われたサッカーのワールドカップはイタリアが優勝した。 7月10日の朝の中央アルプス。残雪がまだかなり残っている。 12日13日は東京に出張、暑かった。 12日の夜は久しぶりに新宿の「歌声喫茶ともしび」に行き、力いっぱい歌って元気アップ。 14日は再び岐阜に出張した。この日も暑かった。 岐阜メモリアルセンターで行われた「IT CITY MESSE in GIFU」を見学。 この日の夕方、駒ヶ根は大きな雷に見舞われ、我家の近くにも落雷。 その影響で電話が故障した。 15日土曜日、半日出勤した後、午後は休日にした。 午後1時半、宮田村文化会館で行われた「家庭倫理の会」の講演を聞く。 とても解り易い、納得のいくお話しでした。 建物を出ると、東北の方角には灰色の雲が発達していて、夕立の気配が・・・・・。 帰宅後、畑や花畑の草取りをしている妻を手伝う。 夕方より、夫婦で駒ヶ根市文化会館で「ウラジミル・ミシュク」のピアノコンサートを聞く。 世界的なピアニストの生演奏と、畑仕事とのギャップが何とも・・・・不思議。 天竜川の上流、諏訪湖や岡谷は記録的な豪雨に見舞われた。 18日未明には、伊那市の天竜河畔には避難勧告が出、翌19日には非難指示に変わった。 天竜川の一部地域では警戒水位を越え、危険水位に達した。 雨は16日から21日まで降り続いた。 そして、久しぶりの晴天。 田圃を渡る風は心地よく、日の光を浴びて、青田は広がっていた。 久しぶりに夕焼けを見た。 天気が変わる。季節が変わる。 ツバメ達が元気良く天空を飛び交っていた。 7月27日早朝の大沼湖。 静かな湖面に山々が映し出され、時折吹く風に、山々が揺れていた。 水面近く、30cm級の鮒が群れをなして泳いでいた。 私はこの日と翌日、東京に出張した。 夜は歌声喫茶「ともしび」に行った。 「ともしび出前歌声喫茶in駒ヶ根」を、10月21日に行う事を決めた。 「蓮の汚泥より出でて・・・・・・・・・・・・・・・・」 すっくと伸びた茎の先に咲く大輪の花。 この世の汚れを養分として、汚れなき美しい花を咲かせるこの花に、人間は何を学んだのか。 30日、朝から始めたジャガイモ堀は、結局、夕方までかかった。 天候の不順の中で、不作かと思われたジャガイモは、しかしけっこう豊作だった。 とはいえ、長雨の影響で腐りが密かに進んでいた。 今年の7月は、時ならぬ集中豪雨に驚かされた。 天竜川上流の岡谷市や辰野町では、残念ながら犠牲者も出た。 「災害は忘れた頃にやってくる」というが、 この地は昭和36年の、いわゆる“36災害”以来の被災かもしれない。 犠牲者のご冥福をお祈りする。 異常気象による局地的な天候異変。 家族がそれぞれの場所で働いている現代社会では、 災害が昼間に起こるのか、夜に起こるのかでは、対応が大きく変わる。 「遠くの親戚より、近くの隣人」が大切になってくる。 安全安心のまちづくりに、コミュニケーションは欠かせないものとなっている。
|